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BREWERY 蔵元

山野酒造

大阪府 交野市

代表銘柄: 片野桜・かたの桜

概要

山野酒造は大阪府交野市で江戸時代末期に創業し、年間製造石数が約500石の酒蔵です。 代表銘柄は「片野桜」です。味わいは濃醇で、米の甘味と旨味をしっかりと感じられる日本酒を醸造しています。その為割水なしの「原酒」にこだわり、全製造数量の約9割が特定名称酒、内約4割を「原酒」で出荷しています。…

代表銘柄

片野桜・かたの桜

蔵元・杜氏OWNER / TOJI

OWNER / 蔵元

山野 真寛

1985年4月13日生まれ。大阪電気通信大学メディア情報文化学科で映像やデザインを学び2008年3月卒業。同年4月ダイコロ㈱卒業アルバムメーカーへ入社、写真業界でデザインと営業を12年間学び2020年2月に山野酒造㈱へ入社。現在に至る。

TOJI / 杜氏

濱田 佳秀

昭和44年11月23日生まれ大阪府東大阪在住 平成10年より山野酒造へ入社し、酒造りに従事令和元年より前杜氏(浅沼氏)より継承し杜氏に就任仕事のモットーは「1に安全、2に安定、3に挑戦」

蔵についてABOUT

山野酒造は大阪府交野市で江戸時代末期に創業し、年間製造石数が約500石の酒蔵です。 代表銘柄は「片野桜」です。味わいは濃醇で、米の甘味と旨味をしっかりと感じられる日本酒を醸造しています。その為割水なしの「原酒」にこだわり、全製造数量の約9割が特定名称酒、内約4割を「原酒」で出荷しています。私たちの誇りは、生駒山系の豊富な伏流水と地元関西を中心とする上質の酒米、そして南部杜氏の技術を受け継ぐ、杜氏の濱田をはじめとする蔵人や社員の抜群のチームワークです。 その結果、全国新酒鑑評会において、10年間で6度金賞を受賞しています。製造から貯蔵、瓶詰め、商品の管理、出荷に至るまで、最良の状態でお客様にお届けすることを1番に考えています。

地域・風土LOCALITY

大阪・京都・奈良の境に位置する交野市。「かたの」の地名は諸説があり、肩野物部氏が開拓指導し、永く支配した地域を「かたの」と呼ぶようになったことに由来するといわれる。また、平安時代に歌を詠む人達の優雅な発想で、「人が行き交う野」、「生き物が行き交う野」という意味で「交野」という字が使われるようになったという一説もある。 交野には、「星」にまつわる地名や伝説があり、交野市の中心部を流れる天野川は稲作が始まった頃に、この地を称えて「天野」といい、川水を甘野川と言ったことが由来ともされる。それを平安時代に「交野が原」へ狩猟に訪れていた宮廷人が歌合せの際に、夜の大空に星の連なる「天の川」になぞらえたことから、この名が定着したと伝えられている。この天野川に架かる橋は「逢合橋」と呼ばれており、織姫を祀る機物神社、彦星を祀っていた中山観音寺跡の中間点にあることから七夕の夜に二人が出会っていたという伝説の場所である。

酒造りの方針PHILOSOPHY

山野酒造の酒造りは、「伝統を守りながら、時代に合わせて進化する酒」をコンセプトとしています。現社長の培ってきた「その酒らしさを活かした酒造り、主発酵から上槽した瞬間が本来完成系で出来立ての状態を飲んでもらいたい。」という思いを守りながら、山廃や生酛、時代に合わせた低アルコールの日本酒等の多様化するニーズに応える商品開発にも積極的に挑戦しています。 このコンセプトを通して、大阪の「粉もの文化」にも負けない、旨みが有りながら綺麗で繊細、尚且つ食事に寄り添う飲み飽きしない日本酒を醸造しています。また、デザイン関係の仕事に携わっていた経験から、日本酒に馴染みのない若い世代や海外市場にも目に留まりやすいデザインなどを取り入れています。

目指す姿・ビジョンVISION

受け継がれる酒造りの伝統を守りながら、現代の日本酒に対する考えを取り入れ、今の時代に選ばれる日本酒”を目指しています。 数年前は南部杜氏組合から季節雇用で職人の方に酒造りを依頼していました。その頃は、つきハゼ麹で低温発酵の伝統的な吟醸造りをしていましたが、現在では、20代の造り手も入って、酒造りを社員蔵人で行っています。 以前までの伝統的酒造りに、高温糖化、AI、振動熟成酒などの現代の酒造りを取り入れ、新たな酒造りに挑戦することで、5年以内に現製造石数を500石から750石にし、酒蔵として人材育成や労働環境等の基盤を強化します。その後は量産ではなく設備、原料・技術・体験価値まで含めた日本酒の可能性をより広げていきます。そして全国にまだ酒造りのイメージが無い大阪の日本酒を交野市から全国へ、新しい日本酒文化を発信し続けていける酒蔵になれるように邁進してまいります。

酒造りを始めた理由STORY

私にとって酒造りは単なる製造業ではなく、その土地の文化や人との繋がりを未来へ繋ぐ仕事だと思っています。 江戸末期、創業した当時は和泉国、現在の貝塚市で造り酒屋を営んでいましたが、この場所での醸造することが困難になり、明治初期に現在の交野市へ移り住みました。新たな土地で一から商いを始めた私たちには、既存の販路や桶売りの恩恵はなく、自身で消費者に日本酒を届けるしかありませんでした。その為、新天地の名を冠した代表銘柄「片野桜」とし、生駒山系の伏流水を使用して、交野の風土と共に歩む酒造りを続けてきました。近年では、地域の農家が育てる酒米や飯米で醸造するブランドも増え、地域密着型のお酒も製造しています。地産地消の取り組みは、約20年以上前より自社の田んぼを活用した「富楼那」という日本酒を展開。大阪の特約店、飲食店、消費者の方々と共に田植え、稲刈り、上槽までを体験する参加型イベントを行い、“飲むだけではない日本酒文化”を育てています。 今の時代、酒蔵はただ伝統を守るだけでは生き残れません。だからこそ、日本酒を通じて地域の農業や文化、人との繋がりを循環させながら、交野から大阪の日本酒文化を発信していく事が私たちの意義だと思っています。

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