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BREWERY 蔵元

美寿々酒造

長野県 塩尻市

代表銘柄: 美寿々

概要

美寿々酒造株式会社は長野県の中ほど塩尻市にある酒蔵です。塩尻市は標高600 m ~1,000 mの地帯に属し、標高1,000 m~3,000 mの山脈に囲まれています。美寿々酒造周辺の標高は約700~750 mです。 当社は1893年、屋号「清水」にあやかり清水醸造店として創業いたしました。しかし、太平洋戦争のため国の物資統制、企業整備のもと1943年より1954年まで酒造りをやめておりました。…

代表銘柄

美寿々

蔵元・杜氏OWNER / TOJI

OWNER / 蔵元

熊谷直太郎

長野県塩尻市出身、1990年生まれ。酒造りとは無縁の学生生活、会社員生活を経て、家業である美寿々酒造に戻り10年目。現在は専務取締役として、酒造りを中心に、商品開発、営業、情報発信、経営改善まで幅広く担っている。 2023年に一般客として訪れた「若手の夜明け」で、同世代の造り手たちの言葉と熱気に触れたことをきっかけに、2025年に初出展。以来、自分たちの酒を誰に、どのように届けるのかを改めて考え続けている。 松本・諏訪・木曽地域をつなぎ、古くから人が行き交ってきた塩尻の地で、人と人、人と時間をつなぐ酒を目指す。味わいと調和する香り、すっきりとした酸、軽快な後切れを大切に、次の世代にも飲み継がれる日本酒を追求している。

TOJI / 杜氏

なし

なし

蔵についてABOUT

美寿々酒造株式会社は長野県の中ほど塩尻市にある酒蔵です。塩尻市は標高600 m ~1,000 mの地帯に属し、標高1,000 m~3,000 mの山脈に囲まれています。美寿々酒造周辺の標高は約700~750 mです。 当社は1893年、屋号「清水」にあやかり清水醸造店として創業いたしました。しかし、太平洋戦争のため国の物資統制、企業整備のもと1943年より1954年まで酒造りをやめておりました。1955年、国より食料事情等の改善に伴い、再び酒造業を始めることを認められました。この時に法人組織としました。そして信州にちなんだ社名と銘柄に変更いたしました。古来より信濃の国の枕詞「みすずかる信濃の国」にあやかり、酒名「美寿々(みすず)」、社名を美寿々酒造株式会社といたしました。信州の自然の良さ、澄んだ空気、澄んだ水と酒造好適米「美山錦」を主原料に米を磨き、水を磨き、技を磨いて酒造りをしております。

地域・風土LOCALITY

塩尻は、松本・木曽・諏訪・伊那を結ぶ、古くから人の行き交う土地です。市内にある平出遺跡には、縄文時代から湧水や森の恵みを生かして暮らしてきた人々の営みが残っています。江戸時代には中山道や善光寺街道が通り、奈良井宿や洗馬宿などの宿場町が栄えました。山や峠に囲まれた土地でありながら、道を通じて人や物、文化を受け入れてきた塩尻。今もなお、さまざまな地域や人をつなぐ場所として息づいています。

酒造りの方針PHILOSOPHY

私には、「心が満たされる時を造る」というミッション(使命)と「美味い酒を造り、人と人とを繋ぎ、嬉しさを共有できるツールとする」というビジョンがあります。 「心が満たされる時を造る」 - 日本酒を飲んだ時の「美味しい」は喜び、嬉しさ、安心(ほっとする)、驚きといった感情からなると思っています。それらの感情は心を潤し、満たすものであると考えます。私たちが日本酒を造ることで行いたいのは、心が満たされる時を造ることです。 「美味い酒」を造り、人と人とを繋ぎ、嬉しさを共有できるツールとする - 心が満たされる時は「美味しい」からだけでなく、その感情を誰かと共有できた時にもあるのではないかと考えています。自分が美味しいと思えたものを誰かと共有できるのは嬉しい時で、嬉しさは心を満たしてくれる要素です。思わず誰かに教えたくなる、一緒に飲みたくなる「美味い酒」で人と人とを繋ぎ、嬉しさを共有しあえるツールを目指します。

目指す姿・ビジョンVISION

私には、「心が満たされる時を造る」というミッション(使命)と「「美味い酒」を造り、人と人とを繋ぎ、嬉しさを共有できるツールとする」というビジョンがあります。 「心が満たされる時を造る」 - 日本酒を飲んだ時の「美味しい」は喜び、嬉しさ、安心(ほっとする)、驚きといった感情からなると思っています。それらの感情は心を潤し、満たすものであると考えます。私たちが日本酒を造ることで行いたいのは、心が満たされる時を造ることです。 「美味い酒」を造り、人と人とを繋ぎ、嬉しさを共有できるツールとする - 心が満たされる時は「美味しい」からだけでなく、その感情を誰かと共有できた時にもあるのではないかと考えています。自分が美味しいと思えたものを誰かと共有できるのは嬉しい時で、嬉しさは心を満たしてくれる要素です。思わず誰かに教えたくなる、一緒に飲みたくなる「美味い酒」で人と人とを繋ぎ、嬉しさを共有しあえるツールを目指します。

酒造りを始めた理由STORY

美寿々酒造は長野県塩尻市にあります。私がこの地で造りたいのは、ただ「美味しい」だけで終わる酒ではありません。塩尻という土地が持つ、人や物が行き交い、さまざまな時間や暮らしをつないできた性格を、酒の味わいや在り方に映したいと考えています。そのために美寿々の酒は、人と人をつなぎ、食事や会話をつなぎ、ひとりの静かな時間にも寄り添う酒でありたいと思っています。塩尻という土地で酒を造る意味は、そうした「つなぐ酒」をこの土地から生み出すことにあると考えています。 蔵の歴史は、創業からの年数だけで語れるものではないと考えています。美寿々酒造はこの地で130年余り酒造りを続けてきました。塩尻には日本三大遺跡に数えられる平出遺跡があり、古くから人々の営みがあった土地です。その長い時間から見れば、美寿々酒造の歴史は一つの営みに過ぎないかもしれません。しかし、日々の晩酌、祝いの席、贈り物、誰かと食卓を囲む時間に寄り添ってきたことが、美寿々酒造の歩みだと私は考えています。 私にとって塩尻は単に蔵がある場所ではなく、酒の在り方を形づくる土地です。松本、諏訪、木曽といった個性の強い地域に囲まれながら、塩尻は古くから人や物が行き交う分岐点として、周辺の地域をつなぎ、その流れを支えてきました。強く前に出る土地ではないかもしれませんが、目立たないところで人や物の行き交いを受け止め、欠かすことのできない役割を果たしてきた土地だと感じています。 そうした塩尻の性格は、私が目指す酒にも重なります。食事や会話の中に自然に入り、その場の時間を整えるような酒でありたい。地域との関わりとは、この土地の性格を酒の味わいや在り方に映していくことだと考えています。 酒が何かをつなぐよりも前に、米がすでに土地と人をつないでくれている。そう考えると、一次生産者の方々は、私にとって単なる原料の作り手ではなく、酒造りの出発点を担う存在です。米は、土地の水や土壌、気候と、生産者の方々の手仕事が重なって育つものです。蔵に届く米には、その土地の自然、その年の時間、生産者の方々の積み重ねが込められています。 私の役割はその米がつないできたものを受け取り、酒として形にし、飲み手へ届けることです。喜ばれる酒を造ることは蔵だけでなく、生産者の方々の仕事の価値を伝え、次の米づくりへつなげることでもあると考えています。 先行きが見えにくい時代だからこそ、酒が生み出せるつながりがあると考えています。日本酒を取り巻く環境は、米の需給不安、物価高騰、酒離れ、農業の担い手不足など、厳しさを増しています。だからこそ、酒蔵はただ酒を造って売るだけではなく、飲む人にとって意味のある酒を造る必要があります。 私は、「つなぐ」という価値を酒に込めることを大切にしたいと考えています。飲む人の時間、土地の記憶、生産者の仕事、そして地域の農業と酒造りを未来へつないでいく。その役割を、塩尻という「つなぐ」ことを感じられる土地で担っていきたいと考えています。

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