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BREWERY 蔵元

福田酒造

長崎県 平戸市

代表銘柄: 福海

概要

目の前には「縹(はなだ)色」に輝く志々伎湾、背後には霊峰・志々伎山。美しい海と深い歴史が息づく長崎県平戸島にて、私たちは元禄元年(1688年)の創業以来、日本本土最西端の酒蔵として歩んできました。 15代にわたり受け継がれてきたのは、創業者・福田長治兵衛の言葉『酒造りは、心でつくり、風が育てる』という言葉を胸に、330年を超える伝統を守りながら、平戸の風光明媚な自然の元、この地でしか醸せない酒。…

代表銘柄

福海

蔵元・杜氏OWNER / TOJI

OWNER / 蔵元

福田竜也

1982年長崎県平戸市生まれ. 東京農業大学卒業後、酒類販売店にて修行をした後。 2007年福田酒造株式会社へ入社。 2022年 福田酒造株式会社 15代蔵主就任。 私の夢は2つあります。 『海を表現する酒造り。ご先祖様の言葉を証明し、後世に繋げる。』 『日本本土最西端の限界集落の酒蔵から、この業界へ一石を投じる未来の酒を醸す』 この土地で10年後20年後100年後まで永続し、この地でしか表現する事の出来ない日本酒を醸します。

TOJI / 杜氏

福田信治

1986年長崎県平戸市生まれ. 東京農業大学卒業後、酒造会社にて修行をした後。 2013年福田酒造株式会社へ入社。 2026年 福田酒造株式会社 杜氏就任。 魚が大好き。この地で生まれてきたからこそこの地で獲れた魚に合う酒を求めて、酒造りを行っております。 自分で作った日本酒と自分で造った味醂を使用し、自分で釣った魚を料理することが至福の喜びです。

蔵についてABOUT

目の前には「縹(はなだ)色」に輝く志々伎湾、背後には霊峰・志々伎山。美しい海と深い歴史が息づく長崎県平戸島にて、私たちは元禄元年(1688年)の創業以来、日本本土最西端の酒蔵として歩んできました。 15代にわたり受け継がれてきたのは、創業者・福田長治兵衛の言葉『酒造りは、心でつくり、風が育てる』という言葉を胸に、330年を超える伝統を守りながら、平戸の風光明媚な自然の元、この地でしか醸せない酒。平戸の『海を表現する酒造り』に挑戦をしております。

地域・風土LOCALITY

平戸は、日本最初の国際貿易港として名を馳せましたが、歴史はそれよりも遥か昔、神話の時代から。 蔵の目の前にある志々伎山。その独特な山容は、古代の航海士達が海を越えるための「命の道標」でした。志々伎神社に伝わる話によると、この地は歴史の表舞台に登場する以前から異国の文化を受け入れる「日本の玄関口」であったとされます。遣隋使や遣唐使たちが命を懸けて大陸へ渡る際、最後に日本の土を踏み、航海の無事を祈ったのもこの志々伎山でした。 空海や最澄も眺めたであろうこの海。幾千年の記憶を宿すこの地で、私達は元禄元年より歩みを始めました。私達は今、この悠久の歴史と海を表現するために、オンリーワンの酒を醸しています。

酒造りの方針PHILOSOPHY

『精米歩合の価値ではなく、新たな価値を創造する』 これは、福海を立ち上げた時から、一環として ① アルコールを添加しない ② セルレニン耐性酵母不使用 ③ 極端に甘い種麹は使わず、 ④ 極度に米を磨かない ⑤ 地元平戸産の山田錦を使用する この5つの誓約の元、ここ平戸でしか醸す事の出来ない酒造り、醸造技術の研鑽をしております。

目指す姿・ビジョンVISION

『精米歩合の価値ではなく、新たな価値を創造する』 ・アルコールを添加しない 醸造アルコールによる味の調整を行わず、米・米麹・水のみで醸す。 ・セルレニン耐性酵母不使用 カプロン酸エチルの様に香り高い酵母に頼らないということ。 ・極度に米を磨かない 福海は全統一60%精米です。「磨けば磨くほど良い」という価値観への挑戦です。精米歩合の数字に縛られない、酒質を追求しています。 ・地元平戸産の山田錦を使用する 私達は、米作りをしております。米作りに向き合う中で、平戸での米作りにはとても厳しい条件であることを知りました。その中で、ここ平戸の気候・風土で育てた米で醸すこと。 これこそが「福海」にしか醸せないオンリーワンの酒造りです。 この誓約の元、ここ平戸でしか醸す事の出来ない酒造り、醸造技術の研鑽をしております。

酒造りを始めた理由STORY

当蔵は元禄元年(1688年)に創業。古くから海上交通の要所であり、霊峰として崇められてきた志々伎山。その麓に鎮座する「志々伎神社」への御神酒を醸すために製造免許を授かったことが、私たちの酒造りの原点です。 幕末の頃、酒造りをしながら、漁師もしており、海の恵みの恩恵を賜っておりました。今も、その当時使っていた道具などは、博物館に展示をしております。 『福海』の名前の由来は、その際に海外商船が遭難しかけ、助けたことから、御礼に『福海』という書を頂きました。 「ないものねだりをしない」。 ここにある土地・風土そのものを信じ、すべてを磨き、最大限に活かすことです。 現在、私達の住む志々伎は限界集落であり、消滅可能性都市という厳しい現実に直面しています。 私の息子の学年、6年生3人。3年生は0人。全部で23人の複式学級を含む小規模学校で、再来年には閉校予定です。 しかし、私たちはこの地を衰退させるのではなく、『不便』こそを『価値』と変え、その土地にあるものの全ての価値を見つめ直し、そして地域と共生する未来へ繋ぐ酒を醸したい。 私たちの使命は、銘柄『福海』を通じて日本酒の新たな可能性を切り拓くことです。 農業においても、ここ数年高齢化や、後継者不足等、休耕地が増え、今の時期は特に、綺麗に草刈りで整備され、田植えされた田んぼ。その他の田んぼは、草ぼうぼうとなっており。毎日の運転による風景からより年々危機感・悲壮感を覚えるようになりました。 自分達でも、山田錦を作付けし、 昨年からは、長崎県の食用米『なつほのか』を地域の方々に作って頂き、少しでも、地域の農業を気張っておる方々に、米作りへの気持ちを持ち続けて頂きたいと思っております。 福海の一杯が、米を育てる農家の想い、酒を醸す蔵人の想い、そして手にしてくださる方々の想い。風光明媚な平戸の風景、蔵の目の前に広がる志々伎湾、や志々伎山。この情景を思い浮かべながら飲んで頂けるように。そして、私達の街『志々伎』へ来たいと思って頂けるように。 福海そのものが、ここの土地を表現できるように。 330年続いた蔵として、さらに300年後の未来へ向けて。私たちはこの地で唯一無二の酒を醸し続けます。

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