camo

BREWERY 蔵元

大賀酒造

福岡県 筑紫野市

代表銘柄: 玉出泉、大賀

概要

大賀酒造株式会社は1673年に創業、福岡県で一番古い酒蔵です。菅原道真公ゆかりの地、太宰府天満宮の玄関口に当たる筑紫野市二日市で酒造りを続けています。 江戸時代に庄屋をしていた大賀家には地域の米が集まり、その米と敷地内に湧く伏流水で造った酒は郷土の人々に喜ばれたと伝えられています。 現在も変わらず、湧き続ける良質の軟水、県産を中心とした酒米で酒造りを続けています。…

代表銘柄

玉出泉大賀

蔵元・杜氏OWNER / TOJI

大賀喜一郎

大賀喜一郎(大賀酒造14代目蔵元、杜氏)。本年6月に代表取締役就任。 大賀酒造は母方の実家稼業ということもあり継ぐ予定もなく、入社までは酒造業界とは無縁の日常を過ごす。 前職はTSUTAYAを運営するcccの九州支社におり、主に店舗運営に携わる。 2019年7月、急に白羽の矢が立ち蔵元としての入社の打診を受ける。 「なくなるのが寂しい」と思い入社を決断。仕入れて売る小売業から、メーカーに転身。 さらに2023年10月、前杜氏の退職に伴い杜氏に就任。 流されるままの激動の日々をもがきながら邁進中です。

蔵についてABOUT

大賀酒造株式会社は1673年に創業、福岡県で一番古い酒蔵です。菅原道真公ゆかりの地、太宰府天満宮の玄関口に当たる筑紫野市二日市で酒造りを続けています。 江戸時代に庄屋をしていた大賀家には地域の米が集まり、その米と敷地内に湧く伏流水で造った酒は郷土の人々に喜ばれたと伝えられています。 現在も変わらず、湧き続ける良質の軟水、県産を中心とした酒米で酒造りを続けています。 3年前より酒造りの体制が刷新。丁寧な手作業と和醸良酒をもって醸造にあたっています。全国新酒鑑評会では3年連続の金賞を受賞するも、本年蔵人退職に伴い体制が再刷新予定。大賀酒造の新しい形を改めて模索、進化を目指しております。

地域・風土LOCALITY

大賀酒造のある筑紫野市二日市は「九州最古の寺院」や「福岡最古の温泉」など「最古」を多く持つ町です。しかしながら、福岡都市部から電車で20分ほどの場所にあるため、自然と周囲はベッドタウン化が進みました。蔵を訪れる方々は「こんな住宅街に酒蔵があるのですね」と感心されることが多いです。 また、隣には太宰府天満宮を有する太宰府市が構えており、近年では日本最高気温を記録することも多々。これは盆地であることが大きく関係しており、見方を変えると冬場は酒造りに非常に適した場所であると考えられます。語りつくせませんが、環境面だけでも創業の歴史が紐解けるのです。

酒造りの方針PHILOSOPHY

大賀酒造のお酒は食中酒を基本としています。 いつの間にか飲んでしまっているお酒が目指す一つの形。 そのため、造るお酒の香りは派手過ぎず、麹による味わいで銘柄に変化をつけます。 造りは中温速醸を中心としていますが、代々の杜氏が取り組んでいた山廃造りも。 また、酒造りの中で一番大事にしているのは「楽しむ」ということ。 楽しく醸したお酒を、楽しく飲んでほしいという願いを第一に仕込みます。 「妥協のない酒造りで出来たお酒、そのお酒に人が酔い、喜び、また、蔵人はその喜びに酔う」、先々代杜氏が過去に残した言葉が、今でも受け継がれる大賀酒造の酒造りの本質です。

目指す姿・ビジョンVISION

大賀酒造は350年以上、地元に愛される酒を造り続けてきました。 その姿勢は現在も変わらず、流通も県内中心、地元で地酒を地道に作り続けています。 この土地と付き合いながら酒を造ること、これは今後も変わりません。 ただ、現在日本酒に求められる役割、可能性は大きく変化しています。 酒蔵としての変化も必要になるはずです。 そこで、私はここに前職で学んだ「商売人人価」の考えを徐々に取り入れたいと考えております。魅力的な酒を造り、関係値の高い取引先を増やすこと、ファンを増やすこと、蔵として成長し続けることが価値を生みだし、好循環が生まれます。 理想論ではありますが、最終的にはそこに「地」を加え、地元と一緒に成長できる酒蔵を大賀酒造は目指します。

酒造りを始めた理由STORY

大賀酒造は母方の実家ということもあり、私はもともと蔵を継ぐ予定になかった人間でした。ですが、様々な事情から、急に白羽の矢が立ち打診され跡継ぎとして蔵に入りました。人生が変わったのです。 当時、打診を受けたのは「なくなるのが寂しい」という簡単な理由からでした。ただ、蔵に入ってから、人に触れ、町に触れ、その都度、酒蔵はその地域のシンボルなのだと実感しました。私が感じた寂しさ現実にしてはならないと今でも思っております。 ただ、酒造りをしていると、こうも思いました。「酒蔵は地域に根付いているが、造った酒は根付いていないのでは?」と。実際、大賀家は400年以上続く旧家ですが、これまで杜氏を務めた人間はいないそうです。私が大賀家で初めての蔵元杜氏である。これは、これまで造った酒に継続性がなかったともいえます。もし、私が杜氏として「過去」を遺し、「未来」を作ることが出来れば、今までになかった変化が生まれるかもしれません。最近では過去の杜氏が得意とした「山廃造り」を復活させました。そして同時に大賀酒造の新しい酒の形を模索しています。酒蔵としての新しいアイデンティティの形成です。 また、杜氏として酒造りの最前線に立ち始めたころ、日本酒とは何かを外国でプレゼンする機会がありました。私は歴史的に過去も現在も大切な行事や時間にはお酒がともにあることが多いことから、酒は記憶を彩る一助を担うものと伝えました。 人と人、人と食、人とモノ、広がるご縁、たくさんの形でお酒は私たちの一部に在る。私は蔵元として、杜氏として、そんな日本酒に携われて幸せに思います。 杜氏になったとき、ひとまず3年で自分の形を見つけようと思いましたが、とある先生に「30年だよ」と言われました。人生を懸けて地元から日本酒に恩を返していくことが、私が酒つくりを続けていく意義なのかもしれません。

近くの蔵MORE IN THIS AREA

ページの内容に誤りを報告する